Good LUCK and HAL / a Day in the Life
突拍子もない話
普通にオトナとして生活していると、「突拍子もない」ことに遭遇することなんてないのだけど、子どもとの生活はこの「突拍子もないこと」の連続だ。
オトナの感覚ではありえない出来事が日々起こる。
今朝、朝食をとった後、おもむろにハルが言う。
「ねぇ、石 持ってきてもいい?」
どこから?どこに?なんのため??
摩訶不思議だ。
先日、弟夫婦が新婚旅行のお土産を送ってくれた。
チョコレートやビスケットなどと一緒に、ハルとらくにはカーズ2の車のおもちゃ。この時期なので気を利かせてわざわざクール宅急便で送ってくれた。
ひとしきり遊んだ後、さてお片づけして寝ようかという頃、気がつくと冷凍庫に車のおもちゃが入っていた。
冷凍庫にカーズ2。現実が理解できず、二度見したのは言うまでもない。
「だって、クール宅急便で来たから、ちゃんと冷やしておかないと!」と、らく。
さてまた別の朝。最近家庭菜園に凝っているらくは、びわやメロンやりんごなど食べたフルーツの種を植えている。その日も、ぶどうを食べた後、その種も植えようとティッシュに種をよけておいた。それを間違って捨ててしまったcozy。
「あーーーーーーっ!ここに置いてた種は?」とブチ切れるらく。
「ぶどうはまだあるから、また食べて種を出せばいいじゃん」とフォローすると、
「だってもう、“おごちそうさま”したんだよっ!」ともっともな反撃。
「もうーーーーっ、せっかく食べようと思ったのに!」
「“せっかく植えようと思ったのに”でしょ?」と揚げ足をとる大人げない母。
「そうだよっ!せっかく食べようと思ったんだよっ!!!」
怒りでいっぱいの6歳児はどうも修正できないらしい。。。
結局、cozyがごみ箱からティッシュの包みを救出し、一方でらくは新たにぶどうを食し、2倍に増えた種を植えたらくであった。
3年生になったハルは新たにお習字の授業が増える。それにあたってお習字セットを購入するのだが、どうも学校で販売するものは変なキャラクターの絵やデコレーションがあって美的センスが拒絶する。
そこで自分たちで気に入ったものを購入することにした。念のため、ハルには先生にいつまでに道具を用意すればいいか、授業が始まるのはいつなのか聞いてくるよう伝えた。
その夜、「先生にきいてきた?」と尋ねると、
「うん、聞いてきたけど・・・よく分からなかった」
「どういうこと?」
「今週とか、来週とか、来月とか・・・」
まったく要領を得ない答えで、当然本人も分かっていないのだから、こちらも分からない。
「先生の言うことがよく分からなかったら、その場でもう一度ちゃんと聞いてハッキリさせないとね。今度は“何日から始まりますか?”って聞いてごらん」と提案すると、その翌日きちんと「31日からだって!」と答えが返ってきた。
まだまだ聞き方も指導すべき年齢なんだなぁと思う母。
余談だが、最近のお習字セットは軽量化が進み、学校推薦のものも硯が本物の石ではなく、セラミック製の偽物だ。確かにランドセルに習字セットじゃ重いことこの上ないが、せっかく習字をやるならちゃんとした道具を使った方が、習字の楽しさや技量も上がるのではないか。SPECの影響で習字に興味があるハルは、お稽古に行くことも検討しているため、やはりちゃんとした仕様のものを購入することにした。
昔、satomyがお習字を習っていた頃、実父が「上達のためにも良い筆を使うべきだ」と主張し、学校で数百円で購入できるのに、わざわざ文房具店へ出向いて3000円もする筆を買い与えてくれていた。しかも消耗品だから1度ではなく、何度でも買い直す。
オトナになって気がついてみると、安い筆は書いているそばから毛が抜けていくため、“はらい”がうまくいかなかこともある。今更ながら父の教えに深く感謝した。
そんな父の教えが、娘婿となったcozyにも受け継がれるのか、ある日cozyが言った。
「もう40代だし、健康のことを考えてチャリ通勤にしてみようかな」
いいね、賛成だ。地下鉄で12分の距離。アップダウンはあるがチャリでも行ける距離だ。
「だからさ、そのためにはやっぱりチャリも新調しないとね。良いチャリは速いしさ!」
形から入るのは否定はしないが、オトナの突拍子もない話は笑えない。
おもろい話, らく, キッズ, ハル, 母親の小言
そうそう、結婚式
- 2012-05-18 (金)
- よう言われへん(笑) | 母親の小言 | 雑記
表題のとおり、「そうそう結婚式だ」と、ふとcozyに話を振られていたことを思い出す。
4月に弟が結婚した。
9歳下の弟がついに結婚した。20代の頃から結婚願望が強くて、子ども好きで、姪っ子や甥っ子の面倒をよく見てくれ、そのたびに「結婚もいいけど、まず子どもがほしい」と20代男子とは思えない発言をしていた弟が、ついに結婚した。
9歳も離れていると、本当にケンカした記憶がなく、かといって絡みがないわけでもなく、今でも割と仲の良い姉弟だと思う。恐らく、家庭の中での力の差が圧倒的で、心優しい弟が、ワガママな姉に従順にひれ伏してくれたおかげだと、訳知り顔でcozyは言う。そこに否定はしないけど。
根本的に人と絡むのが好きではなく、得意でもないが、社交性はあるので、ソツなくはこなす。進んで人の輪には入らないから、もちろんケンカの仲裁なんてメンドーなことには首をつっこまない。終始「勝手にやって、私も勝手にやるから」のスタンスを持つ姉の、真逆にいるのが弟だ。
ワガママでやりたい放題、言いたい放題のメンバーが集まる家族の中で、彼だけが唯一こらえ性があり、皆の間に入ってあちこちからボディブローやアッパーをくらい、それでも不満をぶつけることなく、いつもただソコにいる彼の存在がどれだけ家族の拠り所となったか分からない。
自分の20代に比べればはるかにオトナで、人より多くの心配をし、人より多く頼られ、人より多く悩んできたと思う。
でもそんな弟だから、きっと家族がどんどん増えても彼の基礎体力は十分にある。周りの人をたくさん気遣って、幸せにしてくれることだろう。
結婚、おめでとう!
よう言われへん(笑), 母親の小言, 雑記
マチガイなく親の影響がある、と思う話
- 2012-05-17 (木)
- キッズ
「イキカタ」とか、「カンガエカタ」とか、「ミライ」とか、んなのって、良くも悪くも親の影響が多分にあると思う。
んなもんだから、訊くと教えてくれる らくの「オトナになったら、したい仕事」ベスト4(超はんぱー!)を忘れないうちに記しとく(表示はらくの発言、そのまま)
いつ、訊いてもブレないんだよね、そこがまた嬉しかったり、不安だったりw
- サッカー選手(オレとボール蹴ってるからだろぉ?w)
- 料理するひとー(キッチンに立つオレが眩しいからだろぉw)
- がってん寿司のひとー(大好物だけど握れないからなぁ、オレは)
- カメラマン!(オレに撮られてばかりだろー!)
支離滅裂というか、目の前にあるものだけ、というか、まぁ、んなもんだろな。オトナになった「ジブン」が読んで吹くなよーーー!
ガンバレ!ジブン!
photo: @ Byparken København Denmark
大きな地図で見る
誕生日もやっぱり、モノより想い出!
- 2012-05-05 (土)
- キッズ
早いものだ。ハルが9歳になった。
トモダチ6人を迎え、盛大に(?)ランチを振るまい、お誕生日会を開催した。本人の満足具合に、準備に翻弄した我々の疲れも吹っ飛んだ。
と言いたいところだが、それはそれで大変だった。まぁ、年に1度のことだし、よしとするか。
で、「プレゼントは?」「プレゼントはなに?」というハルを連れて映画に連れ出した。
本人の希望は「ドラえもん」か「SPEC」。
両親の堤作品信者が幸いし、啓蒙を受けて育っていることが大きな要因なのか?ドラマの際、エキストラしたこともあることが要因か?選んだのは、SPEC。ハルもらくも珍しく見解が一致し、満場一致でSPECに。そして、いつもの新宿ピカデリーへ。予約しておいたのでギリギリに入るが、周りはやっぱりオトナばかり。最年少のらくもニコニコで参戦。らく的に怖いシーンは、顔を手で覆いながらも指の合間から覗く。ハルとオレは恒例となった途中トイレ休憩w。毎回、おいしいシーンを見逃すお約束をしながらも、どうにか最後まで見終える。
それからというもの、キッズの憧れ「一十一(ニノマエジュウイチ)」よろしく指パッチン(フィンガースナップ)にハマるwww。
ナゾが多いドラマ&映画なだけに、終演後、我々はふたりから質問攻め。続編(結?傑?訣?)もありそうなストーリー&エンディングだったので、いつになるかはわからないけど、いまから「高まるぅ〜♪」
わが家のルール, キッズ, ハル, 映画, 習字, 誕生日
そういえば誕生日だった
- 2012-05-03 (木)
- キッズ
3月4月とあわただしいを通り越して、毎日が飛矢のごとく忙しく、忘れていたが誕生日だった。
3/25と4/14 satomyもcozyもまた1つ年をとりました。
お母さん、産んでくれてありがとう。
Photo: コペンハーゲンの青空の下でシャンパンにて乾杯した25日でした
キッズ人生初の大役に「大物ぶり」を発揮したらく
第二の母
- 2012-04-20 (金)
- キッズ
12日、叔母が亡くなった。
本当に突然の死で、まだ56歳だった。
面倒見の良い叔母は、明るく屈託のない笑顔で、冗談ばかり言って、ずかずかと人の間に入ってくる。遠慮のないその振る舞いに、ある時は困り、ある時は救われた。
人の中にぐいぐいと入っていく強さはみんなをつなぐ。
内気な人や人間関係が得意でない人、後から輪の中に入り気おくれする人、そういった不器用な人間が多い中で彼女の牽引力に救われた人間がどれほど多いことだろう。思ったことをずけずけと発する物言いに呆れたり怒ったりしながらも、いつも真剣に正面からぶつかってきてくれる人がいったい周囲にどれだけいるだろう。
自営業を営む両親は叔母夫婦と一緒に仕事をしていたので、1年の1/3くらいは朝晩同じ食卓を囲み、ひとつ屋根の下で寝た。朝になると母とは違う味、違う形のお握りをにぎってくれ、服を選んでくれ、学校に送り出してくれる。
叔母は私にとって第二の母だった。近くに住む親戚の中で一番最初の女の子だった私は、叔母の着せ替え人形だった。大人になった今も、実の親と同じように、実家に帰るたび「昔はよく泣いていた」とか「本当に言うことをきかなかった」とか昔談義を最初に始めるのも叔母だった。
最後のお別れもできず、憎まれ口をたたく暇も与えられず、あっけなく小さなかけらとなってしまった叔母を抱いたとき、本当にいなくなったんだと猛烈に感じた。すっぽり抱いてしまえるような大きさの叔母が残した穴は、とても大きく、とても深い。
斎場では、みんなそれぞれ悲しみに押しつぶされ、一回り小さくなり、支え合うように寄り添っていた。もう何年も疎遠になっていたそれぞれの家族が語り合い、久しく会話をしていなかった従兄弟と肩を抱き合い、会えばケンカばかりしていた兄弟が支え合っていた姿を見たときに、叔母が残したものはこれなんじゃないかと感じた。
人と人をつなぐお節介な叔母が、また皆を近づけてくれたのだ。
叔母のところのお嫁さんが、「最近なんでかまったく知らない人からもよく話かけてもらえる」と不思議がっていたが、きっと叔母の計らいだと思う。
私が最近妙に図々しく物を言うようになったのも、叔母の仕業だ。
叔母を知る私たちは生きていかなければならない。生きて生きて、生き続けて、ちゃんと昔談義に叔母を登場させてあげないといけない。叔母とおなじ時間を過ごした私たちが生きていれば、あの日の叔母もそこに生きている。
ハルが叔母に宛てた最後の手紙に、「おばちゃんの分まで生きるよ」と書いていたのは、そういうことなんだろう。
キッズ
お初にお目にかかります、杏ちゃん7歳です!
- 2012-04-13 (金)
- キッズ
祝★小学校入学
- 2012-04-06 (金)
- らく
7年かかって、ようやく卒園
- 2012-03-30 (金)
- キッズ






















